父、母、2つ下の弟の4人家族の長女として生まれました。
父と母は顔を合わす度にケンカをし、弟は次から次へと問題を持ち込み、いじめ、不登校、家の中でキレる、暴れるを繰り返す日々でした。
家の中に争いごとが常にあり、安まることがあまりなかったように思います。
私は家族の中では調整役で、家族全員の顔色を伺い、問題児の弟とは真逆に手のかからない「いい子」であることで母の救いでありたいと思っていました。
人が嫌だと思うことを引き受けるところがあり、みんながしたくないこともなぜか私が引き受けねばと勝手に思っていました。
自分勝手に自己中にワガママに怒りを出せる弟が羨ましかった。
そんな弟を両親、特に母は優先し、構い、注目していてとても羨ましかった。
どうしたら穏やかで平和であれるのかと考えた結果、自分の言いたいことや感情を我慢し、感情を押し殺し感情に波風立てず、一定にすることがいいのだと思い込むようになりました。
家族の中で培ったクセは学校生活、職場、恋愛に影を落とすことになります。
学生の時は笑顔で生活しながらも「この世の人々全員いなくれなればいい」と人を敵視するようになり、仕事では背負いグセから何でも仕事を引き受け、ハードワークで2年前に心身に不調をきたしました。
恋愛では我慢グセから言いたいことを言えず、彼の顔色をうかがい、彼に合わせてばかりで自分の意見を言わない、そしてある時溜まった不満は沸点に達して突然ブチギレて、自爆する恋愛を繰り返してきました。
学生の時の担任の先生にも歴代彼氏にも言われたのが「何を考えているか分からない。壁がある。」という言葉。
私自身も自分が分かりませんでした。
ハードワークで奔走している時に上司からは「見ていて痛々しい。」と言われました。
何がいけないのか、なぜこうなるのか分かりませんでした。
どんなに頑張っても頑張っても辛くなるばかり。
恋愛もうまくいかない。
35歳の恋愛で自爆から大失恋をし、その時彼を忘れられずに執着の塊と化していた私は1つのブログ記事を見つけます。
師匠である根本裕幸さんのブログです。
これを読んで大号泣をしました。
なんてあたたかい愛ある文章なのだろうと執着の塊が溶けていく感覚でした。
その後、恋愛講座を受けたりカウンセリングを受けたりして徐々に自分を取り戻して行きました。
恋愛講座ではカウンセラーさんから歴代受講生で一番の受け取り下手と言われるほど、人からの男性からの愛を受け取ることがニガテでした。
その私が何度もトライアンドエラーしながら、一つ一つ積み重ねてそして今のパートナーと出会い、毎日愛されている喜びを感じられる私になりました。
仕事ではもう1人では頑張れないことに降参して、人に頼る、助けてもらうことにもチャレンジしました。
私にとって誰かに頼るという行為は切腹したほうがマシなくらいできないことだったので、初めて会社の仲間に「手伝ってほしい」と言うときは、噛みしめた奥歯が割れそうなほど、握った拳で爪が手のひらに食い込むほどの勇気でした。
それが徐々に出来るようになり、今では楽に安心して仕事ができるようになりました。
(今でも勇気は必要だけど。笑)
今もまだたまに昔の自分のクセが出てしまうこともあるけれど、そんな自分も「それも私だもんね。」と受け入れられるようになっています。
私自身、まだまだ問題を抱えたまま自分とつきあっています。
それでもいい。
きっと私は何度でも立ち上がれるし、転んだその場所から何かを拾い上げてまた進んでいける。
そう自分を信頼しています。